【日比しおりプロフィール】プロボーカルになるまでの生い立ち

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 こんにちは!日比しおりです。

ボーカル日比しおりのブログを

ご覧くださりありがとうございます!

この記事では自己紹介を兼ね、

 

 

ボーカル日比しおりのプロフィールを

綴らせていただきます。

 

 

【ボーカル日比しおりって??】

 

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自己紹介

[名前]

日比しおり

名前は本名です!

 

[生年月日]

1989年10月11日生まれ。

 

[血液型]

RH+O型

どなたにでも輸血できます!

 

[動物占い]

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大器晩成のたぬき

 

[家族構成]

・きゃおるん(おかあさん)

破天爛漫なしおりと

淡々寡黙なじんじん

両極端な2児を女手1人で育てる。

MOSから船舶免許まで持つ

スーパー資格ゲッターママ。

 

・じんじん(おとうと)

ある日、修学旅行のお土産に

中学生らしいお菓子やキーホルダーでなく

ミニーちゃんのクッションをくれた。

「お姉ちゃんはいつも

鏡の前にベタ座りだったから」

寡黙ながら心優しい二次元ヲタ。

 [趣味]

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ピクニック、人間観察、読書、

旅行、和装、写真撮影

 

[特技]

名曲を替え歌して心境を伝える

はんだごて

ブレーキシャフトの交換

タイヤの交換

二日酔いしない

 

[好きな食べ物]

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魚介類全般、赤身の肉、夏野菜、

ニンニク、ローズマリー、カモミール

・好きなお酒

神の河、佐藤(黒)、空、しずく

菊の露、ブラントン、ズブロッカ

 [好きな映画]

DREAM GIRLS (2006)

Cadillac Records (2008)

Coffee and Cigarettes (2003)

 

[好きな画家]

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James Tissot (1836-1902)

荒木 飛呂彦 (1960-)

jb style (1975)

 

[好きな音楽]

随時更新

 

【ボーカル日比しおりの生い立ち】

生まれ

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愛知県春日井市に誕生。

待望の第一子として蝶よ花よと

育てられるが、

注がれる愛情表現がほぼ食べ物な為

すっかり肥満児。

 

三つ子の魂百まで

伝説のホームビデオ

監督・撮影を手がける

きゃおるん(母)の問いかけ

「しーちゃん、お名前はー?」に対し

ちからいっぱい応える3歳のしおり。

「さんさいです!!!!!」

 

「ちがうよー、しーちゃん。

おなまえはー?」

「さ ん さ い で す!!!!!怒」

 

・・・しおりちゃん、

落ち着いて人の話、聞こ?

 

小学3年生、ポイント制度を発案。

利益の引き換えに

肩たたき券やお手伝い券の発行にハマる

実益主義な小学生しおり。

父に遊びに連れて行って欲しくて

『いいことポイントカード』を作る。

いいことをしたと認められると

『日比印』が押されるが、

貯まるにつれ‘いいこと’のハードルが上がる。

末に父から『このカードには有効期限が

書いていない為、無効』と破棄され、

規約は自分を守る大切な武器と学ぶ。

 

家族ってなんなの?小学5年生。

タイやシンガポール、

ミャンマーに遊園地を作る事業で

莫大な富を得たが髪の毛は失う一方の

アデランス愛用者、父。

海外出張中に脳内出血と心筋梗塞の

ダブルパンチで意識不明。

意識が戻るも半身不随となるが

突然の悲劇に悲しむのもつかの間、

家族に対しての致命的な隠し事の数々が

浮き彫りになってゆく。

その同時進行で

金銭問題を巡って血縁親戚がハイエナ状態。

手のひらを返す大人たちを

目の当たりにしながら母子家庭へ。

 

体重65キロ、小学6年生。

人生のクライマックスウエイトを迎える。

親友のさつきちゃんに

「日比子、痩せたらかわいいよ」と

諭されるも、

唯我独尊のしおりの迷言が生まれる。

「痩せようとしたら、

わたしじゃなくなると思うの」

 

中学3年生の頃には40キロ台に。

一生の友達に恵まれた中学生生活。

いおちゃんと囲碁将棋部を立ち上げたり、

運動会に16歳年上の彼氏が遊びに来たり、

カラオケについて行った時

よく分からずも母を通して慣れ親しんだ曲を歌ったら

「日比ちゃん、ガンダム好きなの!?」と

サブカルチャー好きな子たちが仲良く

してくれたりと充実した3年間を送って

痩せることができました。吉☆

 

偏差値より適性!工業高校卒

中学生活の過ごし方も影響して

ひと学年男子200人に対し女子3人の

工業高校へ入学。

電子工学科を専攻。

先生がみんな上司っぽい、

レポート提出期限のことを納期という、等

英才教育の行き届いた就職率100%の学校。

学力よりも実技で勝負しいつも作業着。

当然モテるわけもなく

某改造国産車特集雑誌とか読んで

過ごすばかりだったが

友達でいてくれた桜井くん、大田くん、

そして小林くん、本当にありがとう。

 

一年もたなかった、新卒入社。

大手物流系企業へ就職。

現場事務として働くにあたって

倉庫内を歩き回る為、

ちゃっかり腰につけていた万歩計

ポケットピカチュウ(1998)にポイントが貯まり

ピカチュウとマブダチになる。

思いつく限りこの会社にいて良かったことは

このポケピカについてくらいなので退社。

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ひとつ夢を叶えた19歳

退社後に働いた家電量販店を通して

収入が1.5倍となった事で、

晴れて夢を実現。

中学生の時から抱いていたそれは、

母のこなす激務の代償に

右手首に進行しつづけていた

手根管症候群の手術をしてもらう事。

仕事に行けなくなったら生活できないとか

あれこれ言って手術を拒みつづけていた

プライドがエベレストマウンテンの母に、

仕事を2ヶ月行かなくても大丈夫なくらいの

貯金を渡し、

もうほんとに頼むわ、と押して説得達成。

10年経た今、左手首にきてるらしい。

もう転職してくれないかなぁ。

 

【ボーカルキャリアのスタートは遅咲き20歳】

…はい、

ぜんぜん音楽的な話の出てこない

10代でしたね!!!!笑笑

この人生経験が後に活かされるのかな…

ボーカルとして(謎)

さあ、成人とともに歯車は回りだします。

 

布団から出られない20歳

職場の人間関係や

ネットワークビジネスに

巻き込まれた事によって

人間不信と存在意義喪失から鬱病へ。

布団から出ようとすると

自然と涙が出て止まらない。

 

「ゆっくり寝やーね」置き手紙と睡眠薬

昼過ぎ、リビングの机の上を見ると

母からの置き手紙と睡眠薬があった。

存在コストをくうだけの私にとって

この‘我を許してもらった’という感覚が、

生きる事とは何か考えるきっかけとなる。

 

急展開。さぁ、いざ東京へ!

「嬉しかったことって、

褒められたことって、なんだったっけ?」

もちろんお世辞かもしれないが、

私にとっては歌を歌うことだったなぁと

思いついた頃にはスマホで検索していた

「歌手・オーディション」。

東京・汐留にあるプロダクションへ

向かうべく夜行バスも予約する。

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↑そんな21歳のわたし

(やる気満々の瞳。・・・若いなぁ(遠い目))

 

理想と現実の落差@東京

晴れてオーディションに受かり、

そのプロダクションの研究生へ。

アルバイトを掛け持ちしながら

隔週木金曜日、夜行バスで

名古屋と東京を行き来しては

ネカフェに寝泊まりする生活となった。

 

もちろん20歳代は稀で、

いたとしてもレッスンのたび

一人一人と消えてゆきます。

 

残るのは、

小さい頃から親からの英才教育がある子か

何かしらの後ろ盾がある子。

 

確かにレッスンの質の高さは

今でも印象に残っているけれど、

 

正直なところお金がバカにならない。

 

スペックよりもビジュアル、

音楽性よりも商業性。

 

これが歌手になることなら

思ってたんとちがう。

 

借金や整形へ至るより

プロダクションの退会を選択。


【下積み時代】

名古屋へ戻り、

ショーバンドへ加入。

同時に某有名ボーカルスクールに通う。

 

ショーバンドでは

『歌えないなら歌うな』と演奏を止める

厳しいバンマスのリハーサルに

毎週木曜日泣きながら終電に乗る。


それでも常に満席のライブダイニングで

歌わせてもらいながら、


この業界の人間関係や相場、ルール、

大人のあうん、常識非常識。

瓶ビールの注ぎ方まで学ばせていただきました。


一方ボーカルスクールでは

基本的な発声を習ったり、

練習したい曲を歌ったり。

一生の友達もできて素晴らしかった。

 

ただ、いつからか

『ああ、いいんじゃないかな?』と

なんとなく褒める講師に物足りなさを

感じ始めていました。

 

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↑2011年 初制作したライブフライヤー

(販促知識ゼロ丸出しの何も情報が入ってこない逆模範的な代物)

 

プロとしてのポリシー

絶対にチケットノルマのあるライブには

出演しないと決めていた。


ほかのバンドでライブをするときも

採算の合うイベントやライブを選んで、

お金を持ち出して

「演奏を聴いてもらう」のはプロじゃない。

幼いけれど、大切なポリシーだった。


一番力を入れていたのは

ストリートライブだったけど、

たくさん住所書いたなぁ。。

(↑またブログにもしますね)

企画者としてのきっかけ

ある日、スクールの発表会で

一曲歌うだけで10000円以上必要となる

ビジネス構図にびっくり。


出演営業活動の中でご縁に

恵まれていたことが助けとなり、

もっと身近にライブができるようになりたくて

自分でイベント企画を始める。


ライブを叶える為に前後には

どんな労力を伴い、

どれだけの専門知識と愛に

支えられているのかを知った。

この経験させてもらえて本当に感謝しています。

 

この頃からフライヤーや

販促デザインの勉強もかじりました。

 

今の私へ導いた、転機を与える映画

のちに、音楽映画が大好きな理由にもなる

運命の映画。

それは2006年 『DREAM GIRLS』

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1960年代デトロイトを舞台にし

スプリームスをモデルにした

モータウンミュージック・黒人音楽・文化

盛りだくさんの世界観に

「ああ、

私はこれをやるために生まれてきたんだ!」

 

…楽天型なのか直感型なのか、

その単純な性格が次々と目標を見出しました。

 

もともと好きだった洋楽から、

ゴスペル・モータウンミュージック・R&B、

ソウル・ジャズ、、、

深まる黒人音楽への愛着とともに

ジャンルを各駅停車しては学ぶことが

純粋に楽しかったです。

 

やっぱり産地直売だよね!レッツゴー!ニューオリンズ・アメリカ!!

23歳になった日比しおりは、

念願へのカウントダウンをしはじめます。

春日井市役所へパスポートを取得しに行き、

家族へは飛行機に乗る3日前に

『ちょっとアメリカ行ってくる!』と電話した。

 博多ラーメンは博多で食べたい。

黒人音楽はニューオリンズで聴きたい!!

 

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初めての海外、

ラッキー続きの一人旅だったけれど、

あるライブバーで演奏していた

トランペッターに、

『いいよ!楽屋おいでよ!』招かれ

ついて行ってからがこの旅の本番だった。

 

ニューオリンズでの恩師


その後の滞在中、

わたしは移動中の車の中でいつも

流れる曲とトランペッターの指示と説明に

合わせてスキャットしまくっていた。

あと、トランペットもちょっとだけ

吹けるようになった。

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後から知ったけれど、

彼はニューオリンズの顔

ニューオリンズジャズオーケストラの

グラミー賞を受賞したトランペッター。

 

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今振り返っても、

短い間に多くの音楽的な事を教えてくれた、

恩師です。

本格的なライブ活動のスタート

またちょっと太って帰国。

名古屋の地で‘ジャズボーカル日比しおり’として

たくさんの方々に挨拶が叶うようになる。

 

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それから5年ほど経ち、

名古屋から岐阜・尾張一宮・岡崎・豊田

静岡・東京・・・

たくさんの地でマイクを握らせていただきながら

現在に至ります。

 

終わりに

 

これまで読んでいただいたことで

伝わったかもしれません。

 

多くのミュージシャンのように

両親が音楽家とか

音楽を育む友達がいたとか

音楽的な学校を出たとか…

 


例えば

シェフなら調理師学校を出るように、

わたしには

ボーカルとして職を得る為の

説得力のあるスキルやキャリアは何も無いです。

 

音楽的な知識はまだまだまだまだ

至りません。

 

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けれど、

東海地区でプロとして活躍する

先輩ミュージシャンの皆さんが

分け隔てなく暖かく支えて

くださっていることこそが

今のわたしがある大きな理由です。

心から感謝しています。

 

さらに、

今日まで続けてこれたのは

信じてくれたファンの皆さんの

おかげの他ありません。

言い尽くせないほどの感謝があります。

 

私にとって

『ボーカルの日比しおりです』と

名乗り続けることが

『ボーカリストとしてのキャリア』なのですから。

 

 

 

ボーカリストとして、日比しおりとして


このブログでは

わたしがボーカルとして活動する為に

20代を生きた間、

トライアンドエラーして得てきたことも

綴っていきたいと思います。

 

日比しおりプロフィールでした!

今後ともよろしくお願いします。

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